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山口地方裁判所 昭和33年(行)3号 判決

原告 末本敏一

被告 山口県知事

主文

被告知事が昭和三十一年十二月二十一日指令農地第二千二十六号をもつてした原告と訴外杉本悦治間の別紙目録表示の農地に対する賃貸借契約の解約申入不許可処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、その所有にかゝる別紙目録表示の農地(以下本件農地と称する。)を、訴外杉本悦治に対し賃貸(以下本件賃貸借と称する。)している。原告は、昭和三十一年四月四日被告知事に対し、本件賃貸借について、農地法第二十条による解約申入許可の申請(以下本件申請と称する。)をした。ところが、被告県知事は原告に対し、同年十二月二十一日指令農地第二千二十六号をもつて、本件賃貸借の解約申入を許可しない旨の処分(以下本件不許可処分と称する。)をした。

二、しかしながら、本件不許可処分は違法であるから取消すべきである。すなわち、本件賃貸借については、次の事由があるから、賃借人である訴外杉本悦治の生計、賃貸人である原告の経営能力等を考慮し、原告が本件農地を自ら耕作することを相当とする場合にあたるのである。にも拘らず、被告知事はこれにあたらないと誤認して、本件不許可処分をしたのは農地法第二十条第二項に違反している。

(一)  原告の経営能力は、次のとおりである。すなわち、その家族構成は、原告(明治十六年七月二十二日生)、妻トミサ(明治二十四年十一月二十五日生)、長男幹夫(明治四十二年十一月二十八日生)、その妻スミエ(大正六年十一月二十六日生)、次男伴男(大正六年八月三十一日生)、孫幸子(昭和十六年三月七日生)、正行(昭和十七年十一月二十三日生)、英治(昭和二十二年三月一日生)であつて、右英治以外は農業に従事し得る能力がある。また、原告の所有する主なる農機具は、ハロー一台、すき、まぐわ代かき各一、自動脱穀機、下こぎ脱穀機各一台、三馬力モーター一台、キヤツプタイヤ(百米一、五十米三)、バーチカルポンプ一台、唐箕一台、除草機五台、散粉機一台、および牛一頭である。原告には右のような経営能力があるのに拘らず、現在の耕作面積は、田地合計六反六畝に過ぎないため、経営能力は過剰となつている。その上、長男幹夫は写真業を兼ねているが、収入は微々たるもので、家庭経済は窮迫しており、この適切な打開策は、本件賃貸借を解約して、本件農地を自ら耕作する以外にはないのである。

(二)  これに対して、訴外杉本悦治の営農および生計の状態は次のとおりである。すなわち家族構成は、悦治(明治二十九年一月十日生)、サヲ(明治二十二年五月十五日生)、実(大正十三年六月二十四日生)、スミエ(昭和十一年一月六日生)、健治(昭和七年七月二十日生)、惇子(昭和九年三月四日生)、美代子(昭和十四年十一月一日生)、ミチエ(明治九年十一月十三日生)の八人である。しかしながら、同訴外人は、現在田地合計二町五反余を耕作しており、そのほかに、同人所有の田地二反二畝を他人に賃貸している状態である。したがつて、かりに本件農地を原告に返還しても、その営農に支障がなくまた、その家庭経済が困窮することは全くない。

三、以上の理由により、本件不許可処分は違法であるから、原告は、その取消を求めるため昭和三十二年三月四日農林大臣に宛てゝ、訴願を提起したが、まだこの裁決がないので、止むなく本訴におよぶ次第である。

被告知事指定代理人は、本案前の抗弁として、「原告の訴を却下する。」との判決を求めその理由として、原告は本件農地を昭和三十二年十一月八日訴外末本幹夫に売却し、同日付で所有権移転登記を完了している。したがつて、原告は、本訴の当事者適格を欠き、かつ、訴の利益を有しないから、本訴は不適法として却下されるべきである。と述べ、

本案について、「原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その答弁として、次のとおり述べた。

一、原告の請求原因のうち、第一項および原告の長男幹夫が写真業を営んでいることは認めるが、その余は争う。

二、本件不許可処分は、次のとおり、適法でありかつ正当である。すなわち、本件不許可処分当時における、原告の経営能力および訴外杉本悦治の営農および生計状態は、次のとおりであり、本件賃貸借を解約するのは相当でない。

(一)  原告の経営能力について、

原告は八人家族で、長男幹夫は写真業を営んでおり、三人は長男の子供で十五歳の長女を頭に十三歳、九歳で農業に従事できない。また、次男伴男三十八歳は病弱で従農は殆んどできない。したがつて、原告の従農人員は、当時七十歳の原告とその妻トミサ六十八歳、長男幹夫四十六歳その妻スミエ三十八歳が考えられる。その経営面積は、所有農地田一町三反二畝十二歩、畑一畝十七歩の内自作地田九反七歩、畑一畝十七歩貸付地田四反二畝五歩(本件農地)である。その上、原告の長男幹夫一家は、かねてから、原告との仲がうまくゆかず、別生計を営んでいたものであるが、本件申請をするにあたり一たん原告はその家族三人で申請したが、経営面積と人数との比から申請の許可にならないのを知り、長男一家と急に同居の形式をとり、家族構成をふやし、経済的負担が多くなつたとして、本件農地の引上げを策したものである。

(二)  訴外杉本悦治の営農状態について、

同人の家族構成は、悦治五十九歳、妻サヲ五十六歳、祖母ミチ七十九歳、実三十二歳、その妻スミエ二十歳、惇子二十歳、美代子十八歳、健治二十四歳と分家届のすんでいる三男利男二十八歳である。そのうち、祖母ミチを除いても七人、利男を入れれば八人が従農の経験者である。

同人の所有農地は、田一町八反九畝九歩、畑五畝二十四歩、そのうち、自作地田一町三反三畝二十三歩、畑五畝二十四歩、貸付地田五反五畝十三歩であり、ほかに、小作地田一町一畝三歩がある。貸付地のうち、三反は分家の利雄に貸したものであり、他は他人が小作していた土地を小作人が買受資力なきため、買入れたもので、自己の意思により貸付けたものではない。

(三)  本件賃貸借解約の相当性について、

原告の収入は、右の営農によるほか、原告の恩給と長男幹夫の写真業による収入が主であり、小作人杉本の収入は、営農によるもののほか、分家利男(山口市役所名田島支所勤務)の給料が主である。これを比較すると、小作人の方が原告より豊かであることは認められるが、地主たる原告の方とて、相当の生活はできるのである。また、従農労力を比較してみると、小作人の方は、七人が従農の経験を有し、かつ、従農可能であるのに反し、地主の方は、年寄りの原告とその妻ならびに写真業を営み従農経験の少ない長男幹夫とその妻のみである。したがつて、地主たる原告の方は、小作人杉本に比べて、その従農能力は数等劣ることは明白であり、本件農地をいづれが耕作するのが適当かは自明の理である。

さらに、本件農地は、小作人杉本の宅のすぐ近くにあり、同人の経営する集団農地の中心に位し、農業経営の中枢をなしているばかりでなく、苗代田として欠くことのできないものである。したがつて、今本件農地を引上げられることは、小作人にとつて、いわば心臓部を切取られることゝなり、その営農上重大な支障をきたすことは、明白である。以上の理由により、本件賃貸借は、これを解約して、原告が自ら耕作することを相当とする場合にはあたらないのである。

三、以上のとおりで、原告の本件申請は、これを容認する事由はないので、被告知事のした本件不許可処分は適法かつ正当であるから、原告の本訴請求を棄却すべきである。

(当事者申請の証拠省略)

当裁判所は、職権をもつて、原告本人末本敏一を尋問した。

理由

一、被告知事の本案前の抗弁について判断する。成立に争いのない甲第三号証、乙第十九および第二十号証に原告本人の供述を綜合すれば、原告は昭和三十二年九月七日農地法第三条による山口県知事の許可を得た上、同年十一月一日本件農地を訴外末本幹夫に譲渡(以下本件譲渡と称する。)し、同月八日所有権移転登記手続を完了したこと、ところが、山口県知事は、同年十二月二十三日右許可が、農地法第三条第二項第一号に違反し、することができないものであつたとして、これを取消し、その旨を訴外末本幹夫に通知したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして、本件農地が訴外杉本悦治に賃貸している小作地であり、訴外末本幹夫が原告の長男であることは、当事者間に争いがない。したがつて、同訴外人が訴外杉本悦治の世帯員でないことは、明白である。

以上の事実に徴すると、本件譲渡に対する右山口県知事の許可は、原告がその所有する小作地を、その小作農およびその世帯員以外の者である訴外末本幹夫に譲渡する場合について、これを与えたことになり、農地法第三条第二項第一号に違反していることは明らかである。

このような瑕疵は、重大かつ明白というべきであつて、右許可は当然に無効というほかはない。当然に無効な行政処分は、いうまでもなく、客観的には何らの法的効果を発生していないものであるから、その処分行政庁において、その無効を確認し、これを公に宣言する意味において、何時でも取消すことができるものである。

そうすると、山口県知事のした、本件譲渡許可処分の取消は、行政処分の無効であることを、処分庁自ら公に宣言したものであつて、結局、右許可は当初から有効に存在しなかつたことは明白である。したがつて、本件譲渡は農地法第三条による許可を欠くこととなり、その効力を生じないものであるから、依然として、本件農地は、原告の所有であるといわざるを得ない。原告は、本件農地の所有者として、本件不許可処分の違法を主張してその取消を求めるべき適格ないし利益を有することは明らかである。よつて、被告知事の本案前の抗弁は、理由がないので採用することはできない。

二、原告が本件農地を訴外杉本悦治に賃貸していること、原告が昭和三十一年四月四日被告知事に対し、本件賃貸借の解約申入につき、本件申請をしたところ、被告知事は同年十二月二十一日指令農地第二千二十六号をもつて、本件申請を許可しない旨の本件不許可処分をしたことは、当事者間に争いがない。

三、原告は、本件賃貸借について、賃借人である訴外杉本悦治の生計および営農状態、賃貸人である原告の経営能力および生計等を考慮し、原告が本件農地を自ら耕作することを相当とする場合にあたるのに拘らず、被告知事はこれにあたらないとして、本件不許可処分をしたのは違法である旨主張するので、この点について判断する。そこで、本件不許可処分当時である昭和三十一年十二月二十一日現在における、原告の経営能力と訴外杉本悦治の営農および生計状態等を比較し、あわせて、本件賃貸借解約の必要性について考察する。

(一)  原告の経営能力について、

成立に争いのない乙第二号証および同第七号証ならびに同第十一号証に証人末本スミエ、同本田ハナ、同世良秀夫、同岡本庸一および同末本幹夫の各証言を綜合すれば、

(1)  原告はかねて長男幹夫と別居していたところ、昭和三十一年三月頃同居したが、これは、原告が殊更に本件申請を有利ならしめるため同居を仮装したものではなく、真実同居したものであること、したがつて、原告の家族構成は原告七十三才、その妻トミサ六十五才、原告の長男幹夫四十七才、その妻スミエ三十九才、原告の次男伴男三十九才、幹夫スミエ夫婦の長女幸子十五才、同長男正行十四才、同次男英治九才の八人であり、そのうち、稼働できるのは、原告、トミサ、幹夫、スミエおよび伴男の五人であること。伴男は生来聾唖であつてて、一人前の仕事はできないこと。

(2)  原告の経営面積(昭和三十一年八月一日現在の土地台帳面積による)は、田一町三反二畝十二歩、畑一畝十七歩であり、そのうち、自作地は田九反七歩(本件不許可処分後である昭和三十二年三月四日、原告が訴外末本幸二に贈与した田八畝十七歩を含む。)畑一畝十七歩であり、貸付地は田四反二畝五歩(本件農地)であること。

(3)  原告は脱穀機、電動機、その他の農機具および役牛一頭を所有し、通常の農業経営ができる程度の態勢にあること。訴外末本幹夫は写真業を営んでいるが、田舎のことでもあり、仕事は余りなく、副業的なものであつて、農業経営の余剰労力は充分にあり、かつ、農業経営の経験ないし能力もあるので、同地方の平均耕作面積(一戸当り約一町二反)程度の経営は可能であること。

等が認められる。以上の認定に反する証人三輪庄市の証言部分は措信しがたく、他に右認定を左右する証拠はない。以上の認定諸事実を綜合すると、原告が本件農地の返還を受けたとしても、農地の生産力を低下させることなく、これを管理経営する能力を有することが認められる。

(二)  訴外杉本悦治の営農および生計状態について、

成立に争いのない乙第十二号証、同第十四乃至十六号証、証人宮崎重治の証言により真正に成立したものと認める乙第十三号証に、証人杉本悦治、同三輪庄市、同宮崎重治および同岡本庸一の各証言(但し証人杉本悦治、同三輪庄市の各証言は何れもその一部)および弁論の全趣旨を綜合すれば、

(1)  訴外杉本悦治の家族構成は、悦治六十才、その妻サヲ五十六才、祖母ミチ七十九才長男実三十二才、その妻スミエ二十一才、淳子二十二才、美代子十八才、健治二十四才、悦治の三男利男二十八才の九人であり、そのうち、稼働できるものは、悦治、サヲ、実、スミエ、淳子、美代子、建治の七人で、利男は独身で、訴外悦治方に同居しているが、山口市役所名田島支所に勤務しているので、農業に従事していないこと、(その後、昭和三十五年四月現在では、悦治六十四才、その妻六十才、長男三十六才その妻二十五才、三男二十八才、娘二十一才、孫一才の七人で、うち、従農人員は六人となつている。)。

(2)  訴外杉本悦治の経営面積(昭和三十一年八月一日現在の土地台帳面積による。)はその所有地田一町八反九畝九歩、畑五畝二十四歩であり、そのうち、自作地は田一町三反三畝二十六歩、畑五畝二十四歩で、貸付地は田五反五畝十三歩(内利男に対する貸付地田二反九畝十八歩を含む。)であること、ほかに小作地一町二畝三歩(本件農地を含む。)があること。利男に貸付している田二反九畝十八歩は、形式的には貸付地となつているが、事実上は、利男は他に勤務しているので、訴外悦治において耕作していること。したがつて、同訴外人の全耕作面積は田二町六反五畝十七歩および畑五畝二十四歩であること。

(3)  訴外杉本悦治は、純農であつて、農業用の機械器具、牛馬等その他の施設は充分に備えており、供出量も常に年間百俵以上であつて、農業経営は合理的かつ完全に行われており、したがつて、家計もかなり良好であること。

(4)  訴外杉本悦治は本件農地の一部(第千七百七十八番田四畝二十一歩)を苗代として使用しており、同地が水利その他の点便利も良く苗代の適地であること。しかしながら、他に苗代適地が全然ないわけではなく、本件農地を返還しても、同訴外人の営農に著しい支障のないこと。

等が認め得られ、以上の認定に反する証人三輪庄市、同杉本悦治の各証言部分は、前掲各証拠にてらし、措信しがたく、他に右認定を左右する証拠はない。以上に認定した訴外杉本悦治の家族構成、経営規模および経営状態を綜合して勘案すると、同訴外人が本件農地を原告に返還したとしても、同訴外人の農業経営に著しい支障があるものではなく、かつ、同訴外人の生計が格別困難となるものでないことが認められる。

(三)  本件賃貸借解約の必要性について、

成立に争いのない乙第一号証の各一、二および乙第六号証(県市民税賦課調査表)に証人本田ハナ、同世良秀夫、同岡本庸一および同末本幹夫の各証言を綜合すると、

(1)  本件不許可処分当時における、原告の年間総収入は、原告の恩給十一万円余、長男幹夫の写真業収入四万円余および農業所得九万六千円等合計二十四万六千円余であること。

(2)  原告の居住する地方における一戸当りの平均耕作面積は、約一町二反であること。原告の家族構成をもつて、現有の耕作面積は過少であるため、合理的な農業経営も不可能であり、かつ、家計がかなり困難であること。等が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。右認定の事実に、前示(一)において認定した原告の家族数、耕作面積および経営能力等を綜合して考察すると、原告の家庭経済はかなり困窮しており、ほかにその適切な打開策もないと認められるので、原告において、本件賃貸借を解約して、本件農地を自ら耕作する必要が充分にあるものと考えられる。

四、これを要するに、原告が本件賃貸借を解約して、本件農地に対する小作関係を解消したとしても、訴外杉本悦治において、その営農および生計状態が格別悪化するものではなくまた、原告において、本件農地の生産力を低下させることなく、これを管理経営する能力もあり、かつ、本件農地を自ら耕作する以外に適当な打開策もなく、その必要性が充分に認められる場合であるから、本件賃貸借解約に関しては、農地法第二十条第二項第三号の規定する、賃貸人がその農地を自ら耕作することを相当とする場合にあたるものというべきである。

五、ところで、農地法第二十条の規定が、農地賃貸借の解除等に知事の許可を必要とし、これを得ないでした解除等の行為を無効とする趣旨は、いうまでもなく、知事の行政処分によつて、農地の利用関係を調整し、もつて、耕作者の地位の安定と農地生産力の維持増進を妨げる、小作地の取上を制限する意図にでたものであつて、正当な事情にもとずく小作関係の解消までも制限するものでは決してない。であるから、この許可は、同条第二項各号にあたらない場合にはすることが出来ないとともに、これにあたる場合には必ず与えなければならないものである。そして、同項各号にあたるかどうかの判断は、当事者双方の諸事情を基礎として、その時と場所に応じ、客観的かつ合理的に、しなければならないものであつて、行政庁の自由裁量に属するものではない。したがつて、これらの判断を誤つた知事の行政処分は、違法であるから、取消し得るものと解すべきである。

六、以上の次第であるから、被告知事が本件賃貸借の解約申入について、許可を与えなかつたのは違法であり、本件不許可処分は取消を免れない。よつて、本件不許可処分の取消を求める本訴請求は正当であるから、これを認容することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅納新太郎 松本保三 安田実)

(別紙目録省略)

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